有馬頼元
ありまよりもと
- 歴史的人物
- 男神・男性

篠山神社所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(久留米藩)
江戸 [1654年~1705年]
有馬頼元とは?
有馬頼元(1654-1705)は、江戸時代初期から中期にかけての大名。筑後国久留米藩4代藩主、久留米藩有馬家5代。父は有馬忠頼、母は貞昌院。1668年、第3代藩主の兄・有馬頼利が17歳という若さで死去したため、頼元が頼利の養子となり家督を継いだ(この頼利の死については毒殺説も存在するが定かではない)。頼元が家督を継ぐ際、父・忠頼の養子で頼元の養弟にあたる有馬豊祐に1万石を分け与え、松崎藩を立藩させた。頼元は領内の新田開発や治水工事に尽力し藩の基盤を固めようと努めていたが、おりしも凶作や暴風雨が相次いで飢饉を招く事態が続いた。藩の財政は次第に悪化し、家臣から上米を行ったり、年貢の増徴を行うなど、財政を立て直そうと注力していたという。1705年、頼元は享年52でこの世を去った。現在の有馬家には、頼利や頼元が藩主を務めた時代の筆頭家老有馬内蔵助の政務日記「古代日記書抜」「続古代日記書抜」などが残されている。 福岡県久留米市城南町にある日吉神社には、頼元が主祭神として祀られている。ここは元々は頼元が日吉神社本宮より分霊を勧請して、城内に遷座されたのが始まりである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
日吉神社
(福岡県久留米市城南町4−2)
