矢延平六
やのべへいろく
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
江戸 [1610年~1685年]
矢延平六とは?
矢延平六(1610-1685)は江戸時代の武士。名は叶次、可次ともいう。出自について定かではなく、讃岐国(香川県)高松藩初代藩主・松平頼重に仕える下級武士であったと伝わる。ため池築造の命を受け、宮奥池、仁池、新池などを完成させた。頼重の時代に造られたため池は400以上に及び、その多くに携わったといわれている。新池は現在でも香川県有数の規模を誇るが、高低差の激しい土地のため当時は水利が悪く、度々干ばつの被害に悩まされていた。住民の手を借り測量を重ね、苦労の末4キロに渡る用水路を開削。住民からは感謝し慕われたが、巨大な新池は下流の高松城への水攻めを企てるものとの讒言があり、阿波国(徳島県)へ追放処分となる。追放は、新池の経費が膨大になったことの責任を取らされたとの説もある。また、追放となった阿波国でも坊僧池の築造にあたった。晩年は仁池近くに居を構え、病気のため76歳で死去した。 平六は新池神社(香川県高松市)や飛渡神社(香川県丸亀市)などで祭神としてまつられている。ため池を臨む地に祠を建立し、その功績に感謝するためにまつられた。新池神社で行われる「ひょうげ祭り」は、偉業を称え、豊作を祈願するため始められた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
飛渡神社
(香川県丸亀市綾歌町富熊896番3)
