源義高
みなもとのよしたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

緑亭川柳(英雄百首)
祭神ランキング1003位
- 武人
平安 [1173年~1184年]
源義高とは?
源義高(1173?-1184)は平安時代の武士。源義仲の子。妻は大姫。信濃源氏で父・義仲を祖とする木曽氏に生まれる。平家追討の令旨を得て挙兵した義仲は信濃を制し勢力を広げたが、東国を支配する源頼朝と対立し、長子の義高を鎌倉へ送り和睦。義高は頼朝と北条政子の子・大姫の婿となる。しかし、征夷大将軍にまで昇りつめた義仲は、源範頼、源義経らに敗れ、落ちのびる途中の粟津で討死する。自らの身にも危険が迫っていることを知った義高は、大姫の助けを借り鎌倉を脱出する。父の縁の地である武蔵国(埼玉県)大蔵館を目指すが、入間河原で頼朝の追っ手に捕らえられ討ち果たされた。この義高の最期は、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」にも記されている。 義高は清水八幡宮(埼玉県狭山市)で主祭神・木曽清水冠者義高としてまつられている。清水冠者とは、七ヶ所の清冷水を汲み産湯とした義高の別名とされる。義高の死を知った大姫は嘆き悲しみ病となり、大姫の母・政子は義高の霊を慰めるため、討たれた地に祠を建立しまつったとされる。また平家物語では、鎌倉に送られた義仲の嫡子は義重として記載があり、冠者社(長野県北佐久郡)で木曽義仲嫡冠者義重の霊としてまつられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
清水冠者しみずのかんじゃ
その他
木曽義重きそよししげ
平家物語
木曽義高きそよしたか
吾妻鏡
木曽義基きそよしもと
尊卑分脈
