木戸孝允
きどたかよし
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩士(長州藩)
- 政治家
江戸~明治 [1833年~1877年]
木戸孝允とは?
木戸孝允(1833-1877)は江戸~明治時代の政治家。長門国(山口県)長州藩医・和田家に生まれ、7歳で桂家の養子となる。藩校・明倫館で教鞭をとっていた吉田松陰に師事し兵学を学び、江戸に留学してからは江川太郎左衛門に洋式兵術を学んだ。江戸で多くの尊攘派志士たちと交流し、自身も長州藩尊攘派の代表格として尊王攘夷運動に奔走する。長州勢が再起を図って敗れた「禁門の変」後は、但馬国(兵庫県)出石に潜伏するが、帰藩し姓を木戸と改名する。藩では重職に就き、坂本龍馬の仲介で薩長同盟を締結させた。明治維新後は外国事務掛、参与、参議などを務め、五か条の誓文の草案を起草、版籍奉還の実現、廃藩置県を断行し新政府の中央集権化に尽力した。岩倉具視の率いる使節団に全権副使として参加。欧米の近代的制度などを視察し帰国したが、台湾出兵などをめぐり職を辞す。後に乞われて復職するが、西南戦争の最中、行在所のおかれた京都で病を発症し死去した。 孝允は木戸神社(山口県山口市)で主祭神としてまつられている。住居のあった糸米村に、村民の学資とするよう山林や邸宅の寄付を遺言している。村民は孝允の遺徳に感謝し、住居跡地に社を建立してその霊をまつった。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
桂小五郎かつらこごろう
その他
祀られている主な神社
木戸神社
(山口県山口市糸米二丁目10番10号)
