毛利隆元
もうりたかもと
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
戦国 [1523年~1563年]
毛利隆元とは?
毛利隆元(1523-1563)は戦国時代の武将。毛利元就の嫡男。少年時代には当時元就が仕えていた周防国守護大内義隆のもとに人質として差し出される。その中で義隆を烏帽子親として元服をし、義隆から一字を賜ることになり隆元と名乗る。父元就の突然の隠居により家督を継ぎ毛利家第13代当主となる。しかし、実態は後見となった父元就が実権を掌握していた。これは隆元に器量が足りなかったために自ら望んだためとも言われている。実際に隆元は文芸に秀で温和な性格であり、武将としての気概に欠けているとして元就からは薫陶を幾度も受けている。その後、大内氏の重臣陶晴賢が謀反を起こし義隆を滅ぼすと隆元はこれに抗い弟の吉川元春、小早川隆景らの助力を得て父元就と共に討ち果たす。次いで、大内義隆を攻め滅ぼすと第13代将軍足利義輝より安芸、備中、備後、長門、周防などの守護職に任じられ中国地方の制覇を確固たるものとする。しかし、隆元は尼子攻めに向かう途上で突然謎の死を遂げたと言われている。 隆元は山口県萩市にある志都岐山神社に祭神として祀られている。志都岐山神社は明治時代に萩城本丸跡に豊栄神社・野田神社の遥拝所として創建された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
