毛利元蕃
もうりもとみつ
- 歴史的人物
- 男神・男性

徳山毛利家所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(徳山藩)
江戸~明治 [1816年~1884年]
毛利元蕃とは?
毛利元蕃(1816-1884)は江戸時代末期の大名。父親は周防徳山藩第8代藩主毛利広鎮、母親は秋元永朝の娘。元蕃は江戸屋敷において七男として誕生したが兄4人が早世し、2人は養子として出ていたために家督を継ぎ周防国徳山藩第9代藩主となった。徳山藩最後の藩主である。災害などに苦しむ藩内の庶民をいたわり思いやりの心を持った名君として讃えられている。一方では、黒船来航を機に浦賀の警備を任じられ、藩内においても洋式軍隊の配備などを行っている。元蕃は長州藩主毛利敬親の補佐を務め、藩論である尊王攘夷のために活動したが禁門の変の敗北により官位を奪われるが、その後の第2次長州征伐や戊辰戦争では軍功を挙げ、8000石の賞典禄を下賜されている。明治時代に入り版籍奉還により徳山藩知事となったが、その後の廃藩置県の際には知事を辞し東京に移り住んでいる。東京では教養人として悠々自適の生活を送り、「省耕集」、「随風堂遺稿」など多くの書物も世に送り出している。 元蕃は山口県周南市にある祐綏神社に祭神として祀られている。徳山藩初代藩主毛利就隆を祀る毛利家の霊社であったが、明治に入り元蕃が合祀され祐綏神社と改称された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
