毛利元運
もうりもとゆき
- 歴史的人物
- 男神・男性

下関市立長府博物館 長府毛利家所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(長府藩)
江戸 [1815年~1852年]
毛利元運とは?
毛利元運(1818-1852)は江戸時代後期の大名。長門国長府藩第11代藩主毛利元義の三男。兄毛利元寛が早世していたために、父元義の隠居に伴い第12代長府藩の座に就いた。着任当時は日本が全国的に不況の波に襲われていた時代であり、各地で天保の改革と呼ばれる財政・藩政の改革が行われていた。元運もまた、ひっ迫した長府藩の状況を打開するために数々の改革を断行、「御家中家作之定」を策定して藩内の引き締めを図る。その内容は家屋規模の制限、郡吏への饗応接待の禁止、贈答の禁止、衣服の制限など生活の細部までわたる内容であり違反した者は速やかに罰するという非常に厳しいものであったと言われている。また、一方では異国戦に対する防御として海岸線に砲台を構築、沿岸防備を固めるなどの対策も講じた。 元運は山口県下関市にある豊功神社に祭神として祀られている。豊功神社は長府藩の藩主の居館を兼ねた政庁の跡地に建立された神社であり、江戸幕府の一国一城令によって取り壊される以前は長府藩の居城である雄山城であった。
ご神徳
ご神徳は不明です。
