本多忠俊 神社の神様 - 神社ファン

本多忠俊

ほんだただとし

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [~1564年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 本多忠俊とは?

    本多忠俊(?-1564)は、戦国時代の武将。三河国伊奈城城主。父は三河国の武将・本多正忠。初めは駿河国の今川氏に仕えており、1556年に今川氏から離反した奥平貞勝らを鎮圧するため、雨山城を攻めた(雨山合戦)。貞勝は織田家へ誘いを受けていたが、この戦いでは織田家の支援を満足に得られないまま忠俊らの猛攻を受け、半年程度で鎮圧されて今川氏に再属している。1560年の主君である今川義元が尾張を侵攻せんとする戦いには、忠俊自身は参陣せずに息子の光忠を代将として参陣させたが、桶狭間の戦いで義元が戦死すると、今川氏を離反して徳川家康へと従った。また、この頃に大塚城城主の岩瀬氏に伊那城を攻められたが、忠俊は兵を柳堤へと出して防ぎ、御馬と梅藪に出て戦って防衛に成功した。1563年の三河一向一揆平定戦では、復権を狙う今川氏の吉田城からの攻撃にそなえて宝飯郡小坂井に要害を築いた。1564年、伊那城で死去。 滋賀県大津市御殿浜にある本多神社は、本多家中興の士である忠俊、忠次、康俊、俊次の4柱が主祭神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    本多神社
    (滋賀県大津市御殿浜20-50)