本荘重政
ほんじょうしげまさ
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング1527位
- 藩士
- 開拓者
江戸 [1606年~1676年]
本荘重政とは?
本荘重政(1606-1676)は、江戸時代前期の兵法家、開拓者。尾張の出身である。父は本荘重紹で、佐々成政や水野勝成の家臣。重政は土木技術や兵法の他に武芸にも精通しており、島原の乱で寺沢堅高に従って武功を立てたといわれる。池田光政に仕えたのち流れ、1654年に子・杢を福山藩主・水野氏に仕えさせ、重政自身はその後見人となった。領内の新田開発に従事し、1660年からは神村、深津や柳津沖の干拓を行い、7年かけて塩浜39町6反あまり(約39.6ヘクタール)の入浜式塩田を造成して、松永塩田と命名した。当時としては最新の製塩技術であったため生産性が非常に高く、北国を中心に販路が広がった。松永の町内には住民のための共同井戸が掘られ、花崗岩の石積みによる大型の胴張六角の井戸には塩分を含まない上質の水が湧いたという。この井戸は現在でも広島県の史跡に指定され現存している。重政は1676年、71歳で生涯を閉じた。松永は瀬戸内海を代表する製塩地として栄え、重政はその恩恵を受ける人々によって慕われ、1759年に神社が創建されている。 広島県福山市松永町にある本荘神社は、前述のとおり重政を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
本荘神社
(広島県福山市松永町五丁目41番17号 )

