本松平右衛門
もとまつへいえもん
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- その他
江戸 [~1697年]
本松平右衛門とは?
本松平右衛門(?-1697)は江戸時代の人物。筑後国(福岡県)生葉郡清宗村で庄屋を務める。寛文年間に近隣5ヵ村の庄屋で灌漑用水路の工事を計画、成功させた「筑後五庄屋」の1人。水利の悪い土地に水を引くため、筑後川上流に堰を設け、下流の村に水を届ける計画を立て久留米藩に願い出た。難工事が予想され、費用も莫大になることから藩の許可は容易に下りず、また筑後川の増水による被害を恐れ工事を反対する声が上がった。しかし、工事が失敗した際の決意を示す誓詞血判を行い、郡奉行・高村権内の助力もあり藩の事業として用水路の開削が始まる。工事開始から約3ヵ月で水路が開通すると、工事を反対していた村からも導水の要望が相次いだ。その結果、拡張工事が行われることとなり、平右衛門らは引き続き工事に携わった。1674年に大石堰が築造され大石長野水道は完成した。小学校の校歌で「五庄屋」について歌われるなど、地域では庄屋たちの功績を今なお語り継いでいる。 平右衛門は長野、大石の水神社(福岡県うきは市)で祭神としてまつられている。5人の庄屋がまつられている水神社では毎年大祭が催され、用水路の恩恵を受けている多くの人びとが参拝に訪れている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
