堀田正亮
ほったまさすけ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- 藩主(山形藩
- 佐倉藩)
- 老中
江戸 [1712年~1761年]
堀田正亮とは?
堀田正亮(1712-1761)は、江戸時代中期の大名で、徳川家の老中首座。出羽国山形藩3代藩主、下総国佐倉藩初代藩主、正俊系堀田家5代当主。堀田正俊の四男・堀田正武の長男だが、父・正武は正亮の幼い時に死去してしまったために伯父である山形藩主・堀田正虎の養子となって育てられた。1729年、正虎が死去し、正亮は出羽村山郡3000石を分け与えられて旗本として独立。正虎の後は正虎の養子・正直の長男だった正春が継いだが、2年後に正春も子がないまま死去してしまったため、正亮が家督を継ぐこととなった。その後寺社奉行や大坂城代を経て老中となった。老中在職中には宇和島藩主・伊達村候と先代藩主・伊達宗村の争いを調停した。1746年に佐倉へ転封され、幕末まで佐倉の地を正俊系堀田家が治めることとなる。正亮はその後老中首座となって、1760年にさらに1万石加増を受けたが、翌年に50年の生涯を閉じた。 千葉県佐倉市大佐倉には、1754年に正亮が建立した口ノ宮神社が鎮座している。義民として知られている佐倉惣五郎を主祭神として祀っており、正亮が目指した藩政が垣間見える。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
穴川神社
(千葉県稲毛区穴川3-356-1)
