堀親良
ほりちかよし
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 大名
安土桃山~江戸 [1580年~1637年]
堀親良とは?
堀親良(1580-1637)は、安土桃山時代から江戸時代前期の大名。信濃飯田藩堀家初代。父は堀秀政で、兄は堀秀治。父や兄とともに豊臣秀吉に仕えた。小田原征伐の折に11歳で初陣を飾ったが陣中で父・秀政が死去する。その遺領から越前国に2万石を与えられた。1591年に羽柴姓と秀吉の一字を与えられ秀家と名乗ったが、宇喜多秀家と同名なため親良と改名した。1594年には肥前国名護屋城や京都伏見城の普請を命じられる。兄・秀治が越後に45万石の加増転封を受けると、それに従って越後へ移住して蔵王堂城主として4万石を分け与えられた。関ヶ原の戦いでは秀治とともに東軍へ参戦し、西軍の一揆勢を抑えるなど功を挙げる。1602年、重臣の堀直政と不和となり、兄・秀治の次男・鶴千代を養子に迎えたうえで蔵王堂城主に据え、自身は伏見へと移住した。1606年に復帰を家康に申し入れ、将軍・徳川秀忠へ仕えることとなる。下野国真岡上に移住したのち、大坂冬の陣、夏の陣にも参戦した。その後も重用され、2万5千石で下野国烏山城主となり、1637年に58年の生涯を閉じた。 長野県飯田市追手町にある長姫神社は、堀秀政、堀親昌とともに親良を主祭神として祀っている。「ご三霊さま」と呼ばれ親しまれている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
長姫神社
(長野県飯田市追手町2-641)
