堀親昌
ほりちかまさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

長姫神社所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(烏山藩
- 飯田藩)
江戸 [1606年~1673年]
堀親昌とは?
堀親昌(1606-1673)は、江戸時代前期の大名。飯田藩堀家2代。下野国烏山藩2代藩主、信濃国飯田藩初代藩主。父は烏山藩初代藩主・堀親良。親昌は1637年に父・親良の死去により家督を継ぎ、弟・親智に3000石、下の弟・親泰に2000石を分け与えた。領内では検地を進め、同時に烏山城には三の丸を増築、御殿と多門櫓を備え、藩政の基盤を固めた。1672年に親昌が転封され2万石の飯田藩となる前の飯田は、豊臣家臣の脇坂安元が伊予大洲から移って入り、堀田正盛の次男で春日局の孫を養子に迎えた。当時の街並みは京風な碁盤の目のようであったが、町人たちは重い課税に苦しめられていた。伊那の森林資材は元々は米に代わる年貢だったが、長年の自然破壊によって山は荒れ、麓の田畑にも水害をもたらしていたという。藩財政は御用達から借り上げることによって賄われるという「御定借」体制で、度々藩政改革一揆にみまわれた。親昌は藩政に努めたが、飯田藩主となってからわずか1年弱で1673年に死去し、跡は長男の親貞が継いだ。 長野県飯田市追手町にある長姫神社は「ご三霊さま」との愛称で親しまれており、堀秀政、親良とともに親昌を主祭神として祀っている。元は寺に祀られていたものを飯田城旧本丸に奉遷したものである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
長姫神社
(長野県飯田市追手町2-641)
