牧野貞直
まきのさだなお
- 歴史的人物
- 男神・男性

宮内庁三の丸尚蔵館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング4751位
- 藩主(笠間藩)
江戸~明治 [1831年~1887年]
牧野貞直とは?
牧野貞直(1831-1887)は江戸時代後期~明治時代の人物。布施重正の子で、牧野貞寧らの親。貞直の実父である布施重正は、常陸国(現在の茨城県)笠間藩の第3代藩主・牧野貞喜の子であった。つまり貞直は血縁上、笠間藩主の孫にあたる。しかし父親は四男だったため藩主を継いでおらず、貞直自身も次男であったため、順当に行けば家督の相続順位は低いといえた。ところが1850年に第7代藩主・牧野貞久が死去したため、貞直はその養子となることで家督を継いだ。性を布施から牧野に改め、笠間藩第8代藩主となった貞直は、江戸城桜田門番や大阪城代といった重要な役職を任されている。1868年に発生した戊辰戦争では、大阪城代だったこともあり当初は幕府側に与した。ところが鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が敗れると大阪城代を辞任、最終的には新政府に属している。同年12月には長男の貞寧に家督を譲って隠居。1887年に58歳で死去するまで表舞台に復帰することはなかった。 貞直は現在、大阪府守口市・天乃神社の境内の祖霊社に祀られている。また日本三大稲荷として知られる「笠間稲荷神社」の東京別社は、藩主時代の貞直が分祀したものとされ縁が深い。
ご神徳
ご神徳は不明です。
