北郷時久 神社の神様 - 神社ファン

北郷時久

ほんごうときひさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [1530年~1596年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 北郷時久とは?

    北郷時久(1530-1596)は戦国~安土桃山時代の武士。北郷忠親の子で北郷相久らの親。日向国(宮崎県)で島津氏の庶流・北郷氏に生まれる。父・忠親が豊州島津家の養子となったことで、北郷家の家督を継ぎ10代当主となる。伊東氏との戦いで活躍を見せ、以降、伊東氏や伊東氏と結んだ肝付氏との戦いは長期に渡り続く。1572年の肝付氏との戦いに参戦。翌年に領地の末吉を攻めてきた肝付氏に対し、長男・相久、2男・忠虎と共に迎え撃ち撤退させた。1579年に相久が謀反を疑われ自刃する事件が起きたことで、忠虎が家督を相続する。しかし、忠虎は豊臣秀吉による文禄の役に従軍中に朝鮮で病死。忠虎の嫡男・長千代丸(後の北郷忠能)がまだ幼かったため、3男の北郷三久と共に後見人となる。同じころ、太閤検地により領地替えが行われ、時久は都城から薩摩国(鹿児島県)祁答院に移された。忠能を連れ祁答院に入った時久は、1596年に病により死去した。 時久は兼喜神社(鹿児島県薩摩川内市)で祭神としてまつられている。相久の謀反が無実だったと知った時久は、相久の霊を慰めるため都城に兼喜神社を建立した。三久が自身の領地である平佐に勧請した兼喜神社に、後年、時久も合祀された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    兼喜神社
    (鹿児島県薩摩川内市平佐町1850)