北郷三久
ほんごうみつひさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [1573年~1620年]
北郷三久とは?
北郷三久(1573-1620)は戦国~江戸時代の武士。北郷時久の子で北郷久加の親。兄弟に北郷相久らがいる。日向国(宮崎県)都城で、島津氏庶流の北郷氏に3男として生まれる。九州征伐で豊臣秀吉に降伏した島津義久の上洛に従い、小田原征伐では島津久保に従って出陣した。文禄の役で出陣し朝鮮へ渡る。帰国後、忠虎から三俣を与えられ領地とした。忠虎は朝鮮で病死したが、嫡男・長千代丸(後の北郷忠能)はまだ幼く、政務は時久が、軍務は三久が後見し、時久没後は三久が役目を引き継いだ。1595年の所領替えによって三俣から大隅国(鹿児島県)平佐へ移転。平佐初代領主となる。慶長の役で再び朝鮮に渡り、島津義弘に属し各地を転戦し活躍した。帰国後の1599年に庄内の乱が起き、幼少の忠能に代わり三久が陣頭に立ち戦った。乱が鎮圧されると、北郷宗家はかつての本拠地・都城に戻ったが、三久は別家を立て平佐に留まった。 三久は兼喜神社(鹿児島県薩摩川内市)で祭神としてまつられている。兼喜神社は無実の罪により自刃した長男・相久を、父・時久がまつったことに始まる。別家を立てた三久も、平佐に兼喜神社を勧請し兄の御霊をまつり崇敬し、後に三久も合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
兼喜神社
(鹿児島県薩摩川内市平佐町1850)
