片岡常春
かたおかつねはる
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安
片岡常春とは?
片岡常春(?-?)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけての武将。平忠常の子孫、両総平氏一族・海上庄司常幹の子。通称は太郎、次郎、八郎。本領は下総国三崎庄であったが、常陸国鹿島郡片岡が名字のルーツとなっている。「吾妻鏡」では片岡太郎常春、片岡次郎常春、片岡八郎常春の他にも片岡八郎為春、片岡八郎弘経などの表記がなされており、兄弟がいた可能性もある。1181年、源頼朝と対立した佐竹氏と縁戚だった片岡氏は謀反の疑いをかけられ、頼朝は下総に雑色を派遣し常春を召喚しようとしたが、常春はこれを侵入者として捕らえ晒し者にした。元々常春は頼朝に従った後も反抗的なそぶりが目立ったらしく、謀反の疑いとこの雑色の扱いで罪科が重なり、常春は所領を没収されてしまう。1189年、頼朝は常春に下総国三崎庄を返還することとしたが、常春のもとへ沙汰人が赴いたところ、常春が沙汰人を軽んじたために所領返還の停止が指示された。「義経記」によれば片岡経春が義経の都落ちに従い、武蔵坊弁慶らとともに義経を守り殉じたという。平泉付近には「片岡の松」が保存されている。 いわき市平上高久字植田郷にある片岡神社では、片岡八郎弘経を主祭神として祀っている。奥の院に祠を建てるとその度に災いがあったという不思議な言い伝えが残っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
片岡八郎弘経かたおかはちろうひろつね
その他
片岡八郎為春かたおかはちろうためはる
その他
祀られている主な神社
片岡神社
(福島県いわき市平上高久字植田郷132)
