岩崎隆網 神社の神様 - 神社ファン

岩崎隆網

いわさきたかゆな

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

[~1410年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 岩崎隆網とは?

    岩崎隆綱(?-?)は、室町時代の大名。桓武天皇の子である葛原親元の子孫で、常陸平氏の流れをくむ岩ケ崎の領主。元々は岩城氏であったが、一族の一部が岩崎を名乗って島倉城に9代にわたって居城したものである。1410年、隆綱は中山・駒木根・高坂・秋山ら同族諸家を率いた岩崎親隆と島倉城で籠城戦を繰り広げた。敗北した隆綱は当時若干18歳で、敗走ののち母の墓前で自害したと伝えられている。攻められて城が焼かれたとき、火を消そうとしたが水がなかったため米を撒いて消そうとしたことから、曲輪跡からは焼かれた米が出土した。岩崎家の重臣の多くは本谷の地蔵院において自刃したが、真夜中に逃げようとした女性たちは暗闇の中を谷底に落ち、命を落としたと言われている。この魂を供養するため、8月14日に松明をもって島倉山を登り街を眺め、松明に点火して山を降り、女性たちの霊の道案内をする風習あったという。 いわき市常磐岩ケ岡町台にある岩崎神社は、隆綱の霊を慰めるため主祭神として祀っている。地蔵尊が祀られ、観月の名所として知る人ぞ知るスポットとなっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    岩崎神社
    (福島県いわき市常磐岩ヶ岡町字台47)