平忠通 神社の神様 - 神社ファン

平忠通

たいらのただみち

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング776位

  • 武人

平安

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 平忠通とは?

    平忠通(?-?)は平安時代後期の武将。村岡良文の子と伝えられ、村岡姓を称したとも言われている。碓井氏や藤原氏との繋がりもあり、桓武平氏の流れにある武将ではないという説もある。忠通は清和源氏の流を汲む源頼光に仕えており、渡辺綱・卜部季武・坂田金時らと共に頼光四天王に数えられるが、その際には碓井貞光の名で語られることが一般的と言える。頼光四天王の伝承では身の丈が7尺(2m)を超える大男であり、四万温泉の開湯や碓氷峠の大蛇を退治したなどの逸話が残されている。足柄山で金太郎を見出し、坂田金時として頼光の元に連れてきたのも忠道とされている。後に忠通は頼光の弟である源頼信にも仕え、平忠常の乱の鎮圧では武功を挙げている。その後、忠道は村岡に居を構え、鎌倉、大庭(藤沢市)、田村(平塚市)などを所領とし鎌倉氏の祖となったと言われている。その子孫は坂東八平氏として繋がり、一部の氏族は鎌倉党となり鎌倉幕府の礎となっていくことになる。 忠通は福島県郡山市にある阿邪訶根神社に祭神として祀られている。阿邪訶根神社は忠通の霊と道祖神を合祀した御霊宮が創始であり、明治時代に忠通神社と改称された後に現在の社名となった。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。