平清盛 神社の神様 - 神社ファン

平清盛

たいらのきよもり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
平清盛

歌川国芳

平清盛

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)

祭神ランキング1527位

  • 武人
  • 公卿

平安 [1118年~1181年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 平清盛とは?

    平清盛(1118-1181)は平安時代後期の武将。平忠盛の嫡男であるが、「平家物語」では祗園女御が白河法皇の寵愛を受け生まれたとする説もある。父忠盛の後を受け平氏の棟梁となった清盛は保元の乱において後白河方法側につき勝利をおさめ、その後勃発した平治の乱においても対立した源義朝を破り平氏を中心とした武家支配の礎を確固たるものとした。後白河法皇の重用により清盛は公卿に列せられ、太政大臣に任命される。また、清盛が朝廷側との婚姻関係を積極的に画策した。関白近衛基実に娘の盛子を嫁がせ、基実の子基通には娘の寛子を嫁がせている。また、後白河法皇に妹の滋子を入内させ、高倉天皇には娘の徳子を娶らせ安徳天皇をもうけるに至っている。しかし、官職を独占しようとする平氏一門と後白河法皇は徐々に対立を深め、鹿ケ谷事件などを経て源氏の平氏打倒の挙兵へとつながることになった。清盛は太政大臣となった翌年に重病により出家、静海と号し福原に移り住んだ。清盛自身の死後は息子の宗盛に託すと後白河法皇に奏上するが明確な返答は得られないまま病没した。 清盛は広島県廿日市市宮島町にある清盛神社に祭神として祀られている。清盛神社は清盛没後770年を記念して昭和29年に創建された神社である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。