平常将 神社の神様 - 神社ファン

平常将

たいらのつねまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

平安 [1010年~1076年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 平常将とは?

    平常将(1010-1076)は平安時代後期の武将。父親は上総権介平忠常、母親は武蔵守平公雅女あるいは常陸介平正度女とも言われている。父忠常は安房国主である平惟忠を攻め落とし、房総一帯に広大な領地を広げる長元の乱(平忠常の乱)を引き起こした。この乱は朝廷から追討使として派遣された源頼信に鎮圧され、常将もまた父忠常に従い京に連行されることになる。しかし、父忠常は京への道中で病没し、常将は赦免され房総に戻る。その後、源頼義に従い前九年の役で武功を挙げると従四位下を叙し、下総国で千葉介を名乗ったと言われているが、冠位に関しては明確な資料は残されていない。千葉郷に居住し千葉介を名乗ったことから、千葉氏の家系図である「千葉大系図」では千葉市の始祖とされている。常将には池田池に降り立った天女を娶り息子常長をなしたという羽衣伝説が残されている。伝説では妙見神の乳母である老婆が天女が松に掛けた羽衣を隠し常将に天女を引き合わせたとされている。 常将は群馬県北群馬郡榛東村にある常将神社に祭神として祀られている。常将は誤って柳沢寺を焼失させたことを恥じて自害したと言われ、焼失した寺院の再建に尽力した常将夫人と一族の慰霊のために建立された神社である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    千葉介

    ちばのすけ

    その他