平高望
たいらのたかもち
- 歴史的人物
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- 皇族
平安
平高望とは?
平高望(839-911)は平安時代中期の武人。第50代桓武天皇の孫である高見王の御子。母親は右京大夫藤原是緒女、あるいは武蔵守橘春成女、仲野親王女などという説もある。当初は高望王として諸王に列せられていたが宇多天皇の勅命により平朝臣姓を賜り臣籍に降った。高望は上総介を任官し、長男平国香、次男平良兼、三男平良将を伴い関東に赴任した。高望一族は人気が終えても京には戻らず、長男国香は鎮守府将軍に任じられ常陸大掾の源護の娘を、三男良将は下総介に任じられ下総国相馬郡の犬養春枝の娘を娶る等血縁を広げ関東に土着していく。その後も常陸国・下総国などの未開の地を切り開き地盤を獲得、守備のための武士団の形成もはかり勢力を拡大していく。高望王流桓武平氏の基盤を固めることになった。桓武平氏は高望王と京の公卿高棟王の2つの系列があり、子孫からは伊勢平氏、坂東八平氏、北条氏らが発展し坂東八平氏と称された。また、平将門なども子孫として輩出している。 高望は京都府京都市上京区にある御霊神社に祭神として祀られている。御霊神社の主祭神は早良親王であったが、鎌倉時代に北条時頼の命により高望は合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
高望王たかもちおう
その他
