伏見宮貞愛親王
ふしみのみやさだなるしんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

Bain News Service(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 皇族
江戸~大正 [1858年~1923年]
伏見宮貞愛親王とは?
伏見宮貞愛親王(1858-1923)は江戸時代末期~明治時代の皇族であり軍人。父親は伏見宮邦家親王、母親は鷹司政煕の娘景子。貞愛親王は孝明天皇の養子となるが、伏見宮貞教親王が薨去したため還俗し家督を継承した。貞愛親王は皇族軍人であり、西南戦争では自ら志願し熊本城に入城、第4旅団に属し戦闘に参加している。その後は最新の国際情勢を知るために欧州各国を歴訪、政治、憲法、軍隊の最新戦法などを学んだ。日清戦争では旅団長として参戦、日露戦争では師団長として出征し勲功を挙げている。戦争から帰国後は内大臣を務め、軍人としては最高位である陸軍大将を拝命した。また、社会貢献や産業振興などにも尽力し大日本農会、大日本蚕糸会、理化学研究所、恩賜財団済生会などの総裁職を歴任する。特に明治天皇が国民の医療体制を憂いた趣旨である済生勅語に基づいて創設された済生会の活動には深く尽力し、貞愛親王が寄稿した御歌にちなんだ撫子の紋章は現在でも済生会のシンボルとして用いられている。 貞愛親王は東京都千代田区にある靖国神社に祭神として祀られている。靖国神社は明治維新以降の憂国の志士を祀った神社であり、貞愛親王もまた歴代の元帥陸軍大将として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
若宮神社
(岐阜県本巣市十四条字村ノ内810番地の2)
