武田信玄
たけだしんげん
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング1003位
- 大名
戦国 [1521年~1573年]
武田信玄とは?
武田信玄(1521-1573)は戦国時代の武将。甲斐武田家18代当主武田信虎の嫡男、母親は大井夫人。信玄の名は出家後の法名であり本来の名は晴信、晴は第12代将軍足利義晴より賜った偏諱であり、信は武田家に代々受け継がれている通字である。元服し21歳となった信玄は強引な領国経営を行う父信虎と対立し、信虎を今川家に放逐した。当主となった信玄は領国の拡大を目指し信濃に侵攻。諏訪は手中に収めたが、北信濃に勢力を持つ村上義清には苦戦。数年をかけて義清を越後に追いやる。しかし、この事が上杉謙信の信濃出兵のきっかけとなった。以降、信玄は謙信と川中島において5度にわたる戦におよび、結局雌雄を決することはなかった。その後、今川家が上京の途上で織田信長に敗れると事態は一変する。信玄は状況を目指し出兵。徳川、織田と対峙し一時は破竹の勢いで進軍するが、その途上で病に倒れ死亡した。 信玄は山梨県甲府市にある武田神社に祭神として祀られている。武田神社は信玄が居館とした躑躅ヶ崎館跡に鎮座している。領民に慕われた名将である信玄は、その勇猛さから勝運のご利益、領国経営の見事さから産業振興のご利益があるとして崇敬を集めている。
ご神徳
勝運 産業振興
別称・異称
武田晴信たけだはるのぶ
その他


