班子女王 神社の神様 - 神社ファン

班子女王

はんしじょおう

  • 歴史的人物
  • 女神・女性

祭神ランキング1527位

  • 皇族

平安 [833年~900年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 班子女王とは?

    班子女王(833-900)は平安時代前期の女御。父親は仲野親王、母親は当宗氏である。第58代光孝天皇として即位する時康親王の后となり、後に第59代宇多天皇となる定省親王を始めとして是忠親王、是貞親王、源元長、忠子内親王、簡子内親王、綏子内親王、為子内親王の4男4女をもける。光孝天皇の即位により従三位に叙せられる。光孝天皇が没し宇多天皇の代には皇太夫人、孫にあたる醍醐天皇が即位の際に皇太后となる。その後、班子女王は藤原時平が醍醐天皇に妹穏子を入内させ天皇に取り入ろうとする画策を阻むための方策として孫の醍醐天皇に為子内親王を入内させた。しかし、為子内親王は御子を出産後死亡し、これは穏子の母の呪詛によるものであると巷間に噂が流れ、これに激怒した班子女王は穏子の入内を没するまで許すことはなかった。 班子女王は晩年は穏やかな余生を送ったと言われているが、国母としての権勢は絶大であったと考えられる。 班子女王は京都府京都市右京区にある福王子神社に祭神として祀られている。もともとは深川神社と称されていたが応仁の乱によって焼失し、江戸時代前期に3代将軍徳川家光が再建した際に班子女王の陵墓が近くにあったために合祀し福王子神社となったと言われている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    洞院后

    とういんこう

    その他

    祀られている主な神社

    福王子神社
    (京都府右京区宇多野福王子町52)