板倉重矩
いたくらしげのり
- 歴史的人物
- 男神・男性

板倉温故会所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(深溝藩
- 中島藩
- 烏山藩)
- 老中
江戸 [1617年~1673年]
板倉重矩とは?
板倉重矩(1617-1673)は、江戸時代前期の大名、老中、京都所司代。重昌流板倉家第2代で、三河国深溝藩主、中島藩主、下野烏山藩主。板倉重昌の長男。1637年の島原の乱に父・重昌とともに出陣した。しかし上使を命じられた重昌の指揮に九州の大名たちが従わず、功を焦った重昌は大損害を出した末に玉砕的突撃をして戦死した。重矩もその不手際を問われて約1年間の謹慎処分となる。翌年に家督を継ぎ三河国深溝藩主となり、弟の重直に5千石を分与したのち深溝から中島へ住まいを移し、中島藩の藩主となった。1665年に老中となり、4代将軍徳川家綱を補佐する。その後一度京都所司代に転属するが、1670年にふたたび老中となる。京都所司代の在任中は朝廷と幕府の関係改善に尽力し、老中在任中は仙台藩で起こった伊達騒動の裁定審議などを行った。1671年、幕府から上総山辺郡の上宿などを拝領、さらに翌年には下野烏山藩5万石へ移封され、烏山藩板倉家初代となった。 福島県福島市杉妻町にある板倉神社では、父・重昌とともに重矩を主祭神として祀っている。元は福島板倉藩8代藩主・板倉勝長が江戸藩邸内に創建したのが始まりで、後に二度遷座されたが、旧藩士らが募金を募り現在の地へ再建したという。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
清山神社
(岡山県北区庭瀬828)
