板屋兵四郎
いたやひょうしろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- その他
江戸 [~1653年]
板屋兵四郎とは?
板屋兵四郎(?-1653)は、江戸時代の加賀藩の土木技師。測量技術に非常に長けており、金沢城の堀や兼六園に水を引くための「辰巳用水」を開いた人物として知られている。別名・下村兵四郎。兵四郎についての史料は非常に少なく、生年など詳しい生い立ちや経歴については不明である。能登奥郡の小代官を務めており、測量や和算、算盤に優れた才能を発揮した。用水を開削して水田灌漑を進めた功績を加賀藩第3代藩主・前田利常に認められ、辰巳用水の開発を任命された。辰巳用水は、取入口を犀川が直角に曲がる地形を利用して造り大量の水を勢いのまま隧道に流し込ませたり、隧道は落盤防止や用水保護のために軟弱地盤を避け固い岩盤を選び屈曲させ、水流を緩めないように正確な勾配を作るなど工夫に富んでいた。その測量技術を駆使し、千枚田の設計や塩田整備、金山開発にも携わったと言われるが、兵四郎の死には藩による毒殺説や、金城深秘禄によれば辰巳用水工事の成功後に捕らえられ処刑されたという記述もあり、謎が多い。 石川県金沢市上辰巳町にある板屋神社では、兵四郎を主祭神として祀っている。兵四郎が築いた用水の恩恵を受ける人々によって、昭和35年に創建された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
下村兵四郎しもむらひょうしろう
その他
