白石廉作 神社の神様 - 神社ファン

白石廉作

しらいしれんさく

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [1828年~1863年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 白石廉作とは?

    白石廉作(1828-1863)は、江戸時代末期の志士、商人。父は白石卯兵衛、母は艶子。長門国赤間関竹崎の萬問屋小倉屋を営む家に生まれた。米、たばこ、反物、酒、茶、塩、木材など取り扱いは多岐にわたり、他に質屋や酒蔵などもあった。交通の要衝である下関にあったため、様々な藩から仕事を受けており、裕福な家柄であった。兄・正一郎とともに鹿児島藩との交易に従事するうちに、尊王攘夷運動家と交流することが多くなり、援助を申し出るなど次第に尊王攘夷派へ傾倒。高杉晋作が結成した奇兵隊の結成は白石邸で行われ、兄・正一郎とともに廉作自身も奇兵隊へと身を投じる。同年、七卿落ち・尊王攘夷派の澤宣嘉が但馬国生野で挙兵した「生野の変」に参加するが、わずか3日で破陣。廉作は自刃したという。兄・正一郎は当時51歳だったため奇兵隊の会計方を務めており、士分に取り立てられ三十人通の家臣となった。明治維新の跡は歌や学問をしながら赤間神宮の2代宮司となったという。 山口県下関市上新地町にある櫻山神社は、吉田松陰や高杉晋作、兄・正一郎らとともに廉作を御祭神として祀っている。高杉晋作の発案で、正一郎らによって1864年に創建、数多くの殉国の志士の神霊が祭られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。