白石正一郎
しらいししょういちろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
江戸~明治 [1812年~1880年]
白石正一郎とは?
白石正一郎(1812-1880)は、幕末から明治時代初期にかけての商人。長府藩の支藩である清末藩の御用商人であった。父は白石卯兵衛、母は艶子、弟に廉作。米、塩、茶、反物、木材など多岐にわたる品物を扱い、様々な藩から仕事を請け負っていたという。国学を学ぶ中で西郷隆盛と知り合い、薩摩藩の御用達にもなった。攘夷派の志士と親交を重ねるうちに傾倒し、高杉晋作らに資金援助を行う。土佐藩を脱藩したころの坂本龍馬も、白石邸に一時身を寄せていた。1836年、晋作が立ち上げた奇兵隊の結成が白石邸で行われた。正一郎自身も弟・廉作とともに入隊し、正一郎は51歳ということもあり会計方を務めた。晋作の働きかけで正一郎は士分に取り立てられ、三十人通の家臣となった。晋作らへの援助のため、正一郎は次第に借金を抱えるようになったが、晋作はそれを気にして藩に借財清算を求めていた。明治維新後は政府に属することなく、歌や学問をしながら赤間神宮の2代宮司を務め、69歳で生涯を閉じた。西郷隆盛曰く「温和で清廉、実直な人物」だった。 山口県下関市上新地町にある櫻山神社は、晋作、弟・廉作らとともに正一郎が御祭神として祀られている。この神社は正一郎自身が中心となって創建した、殉国の志士の神霊391柱を祀る神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
