入来院重豊
いりきいんしげとよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
室町~戦国 [~1501年]
入来院重豊とは?
入来院重豊(?-1583)は安土桃山時代の武将。父親は第13代当主入来院重嗣。鎌倉時代に東国より入植した入来院氏は当初は島津氏とは対立抗争の関係にあったが、重豊の代では島津義久を主君として仕えていた。しかし、重豊が義久に対し謀反を企てているとの嫌疑をかけられ、疑いを晴らすために所領の山田・寄田・田崎・天辰(薩摩川内市)を義久に献上し起請文を提出し安堵されていた。その後は日向国高原城攻めや耳川の戦いなどに参戦島津勢の武将として功績を挙げ、水俣城攻めの際には脇大将の役目を担っている。重豊は嫡子に恵まれなかったために、島津以久の次男が養子となり家督を継承した。 重豊は鹿児島県薩摩川内市にある重来神社に祭神として祀られている。重来神社には代々の入来院氏当主が祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
重来神社
(鹿児島県薩摩川内市入来町副田6845)
