入来院重時
いりきいんしげとき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
安土桃山 [1573年~1600年]
入来院重時とは?
入来院重時(1573-1600)は安土桃山時代末期の武将。島津以久の次男であったが嫡子に恵まれなかった入来院重豊の養嗣子となる。入来院氏は鎌倉時代に東国より渋谷氏が現在の鹿児島県薩摩川内市入来町あたりに移住し国人領主に成長した家柄であり、重時は第15代当主に当たる。豊臣秀吉の九州平定の際には、秀吉勢に抵抗する島津氏に従い重時も抗戦したが大敗。島津氏は秀吉に降伏し、重時も父祖伝来の入来郷から大隅国(?鹿児島県霧島市)湯之尾郷に移封となった。その後、朝鮮出兵の際には慶長の役において島津義弘に従い海を渡る。秀吉の死後、関ヶ原の戦いでは島津義弘に従い参戦。西軍不利の中島津勢は敵陣突破を試みるが重時は島津軍本体とははぐれてしまい、わずか6騎の小勢となったうえに近江国で東軍の兵に打ち取られて命を落とした。重時もまた父重豊と同じく嫡子に恵まれなかったために島津義虎の五男が養子となり家督を継承している。 重時は鹿児島県薩摩川内市にある重来神社に祭神として祀られている。重来神社は重時が主祭神であるが、入来院重豊、渋谷有重、など歴代の入来院氏の当主も合祀されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
重来神社
(鹿児島県薩摩川内市入来町副田6845)
