日根野吉明 神社の神様 - 神社ファン

日根野吉明

ひねのよしあき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
日根野吉明

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

安土桃山~江戸 [1587年~1656年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 日根野吉明とは?

    日根野吉明(1587-1656)は江戸時代初期の武将。父親は信濃国諏訪の高島城主日根野高吉。父高吉の死により諏訪2万7000石の家督を継いだ。豊臣秀吉の死後は父高吉の遺言により東軍の傘下に入り徳川秀忠に従軍して会津征伐に赴く。しかし祖父の日根野弘就が西軍に与したこと、また吉秋が若年であったこともあり下野壬生1万2000石に減封された。江戸時代に入ってからは大阪の陣で徳川方として武功上げ、また、日光東照宮の造営副奉行の役割を務めるなど幕府の務めに尽力する。その功績が認められ、豊後府内2万石に加増された上移封となった。吉明が着任した当初の府内藩は干害や水害が頻発し藩内の情勢は困窮していた。そのため吉明は城下内外の整備、寺社の再建などに力を尽くす。大規模な農地開墾、用水の整備などにより寛永の大飢饉なども乗り切った吉明は藩内で名君と謳われるようになった。その後は島原の乱にも従軍し、」長崎のキリシタン取り締まりの任にもついている。吉明は1656年に死去したが、嫡男の吉雄が先立っており大名としての日根野氏は吉明をもって断絶となった。 吉明は大分県大分市にある五所社に祭神として祀られている。五所社はもともと中尾村に祀られていた十二社大明神が現在の地に移設され、天神社と織部正吉明公霊(吉明)が合祀された神社である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    五所社
    (大分県大分市大字野田446番)