南部政長 神社の神様 - 神社ファン

南部政長

なんぶまさなが

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 武人

南北朝 [~1360年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 南部政長とは?

    南部政長(?-1360)は、南北朝時代の武将。南部政行の四男。通称は六郎。遠江守。1333年、鎌倉へ侵攻する新田義貞の軍に、兄の南部時長、師行とともに参加する。この時の戦功によって甲斐国倉見山周辺と陸奥国糠部郡七戸郷を与えられた。また、北畠顕家が陸奥国へ入ると、それに共奉し兄の師行とともに糠部郡八戸に根城を築いた。南朝方の根本となる城という意で根城としたという。南北朝の抗争では北条残党や北朝軍勢を駆逐し、統治に尽力した。顕家に随伴して上洛した兄・師行に代わり津軽の藤崎や安東氏、曾我氏とも戦った。1338年、師行が石津の戦いで顕家とともに戦死すると、政長は家督を継ぎ、顕家の父・北畠親房とともに奮戦した。足利直義らが北朝への帰順勧告状を送り続けたが、政長はこれを断固として拒絶し南朝派を貫いた。南朝側から寝返った稗貫氏に壊滅的打撃を与えるなど各地で戦功をあげ、顕家の弟・顕信から陸奥国甘美郡、後村上天皇からは太刀と鎧を下賜されている。しかし足利勢力は勢いを増すばかりで、南朝側は徐々に疲弊していき観応の擾乱などで趨勢が目まぐるしく変化する中、政長は1360年に死去した。 岩手県遠野市東舘町にある南部神社では、政長が祭神として祀られている。この地は元は遠野南部氏の居城・鍋倉城であった。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。