南部政光 神社の神様 - 神社ファン

南部政光

なんぶまさみつ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 武人

南北朝~室町 [1251年~1265年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 南部政光とは?

    南部政光(1251-1265)は、鎌倉時代中期の武将。三戸南部氏4代当主。幼名は孫次郎で、後に政元と称したとされている。3代当主の南部時実の嫡男。兄弟であると伝えられている人物に、南部政行、宗実、実政、宗経、義元がいる。「南部系譜」によると1265年、鎌倉にて享年15で死去したとされている。しかし「嫡家系譜」によると、政光の子・義元が1331年の笠置山の戦いで鎌倉に常在しており、政光は京都進撃に参加していない。また、1333年に新田義貞が鎌倉を攻めた時に、政光は奥州から駆け付けて左近入道慧性に与し、分倍河原の戦いで戦ったとされている。はたまた「熊谷直之氏旧蔵文書」では1285年に、政光が霜月騒動の際に鎌倉幕府の有力御家人であった安達泰盛とともに自害したと記されており、没年については史料によって様々である。生年とされる1251年も南部系譜で記されている享年によって逆算したものであり、その他の史料では記されていない。 岩手県遠野市東舘町にある南部神社では、歴代の南部氏とともに昭和34年に政光を合祀し「八公祭神」として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。