南部信光
なんぶのぶみつ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- 武人
南北朝 [~1376年]
南部信光とは?
南部信光(?-1376)は、南北朝時代の武将。根城南部氏7代当主。父は南部信政、母はその正室の加伊寿御前。父らとともに北畠氏のもとで南朝側の武将として活躍しており、1355年に北畠顕信の推挙で大炊助となり、さらに1356年には薩摩守に叙任されている。父・信政は家督を継ぐ前に死去しており、信光はその際に祖父・政長から家督を継いだ。以後は陸奥八戸を拠点として、南朝勢力の中心として活動し、1360年には陸奥国田舎郡黒石郷と鼻和郡目谷郷を安堵された。その後甲斐国巨摩郡波木井郷に帰ると、北朝側の神大和守から波木井城を攻められたが、逆襲して神城を攻め落とした。この戦功のため、後村上天皇から感状と甲冑、太刀などを賜った。この時賜った甲冑が、櫛引八幡宮に白糸威褄取鎧として現存している。没年は1376年とされているが、その後も生き永らえて子の政慶がいる七戸に隠居したとする説もある。ただし、八戸氏に伝わる家伝では政慶は政光の子とされている。 岩手県遠野市東館町の鍋倉城跡にある南部神社は、歴代の遠野南部家とともに信光を祭神として祀っている。旧称は鍋倉神社であり、周辺は鍋倉公園として整備され、人々に親しまれている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
