南部実長
なんぶさねなが
- 歴史的人物
- 男神・男性

Sijoking(CC 表示-継承 4.0)
祭神ランキング776位
- 武人
鎌倉 [1222年~1297年]
南部実長とは?
南部実長(1222-1297)は、鎌倉時代中期の御家人。根城南部氏と波木井南部氏である八戸氏の祖。甲斐国波木井に居を構えていたことから、波木井実長とも呼ばれた。日蓮の有力檀那として知られていた。父は南部光行。1238年、4代将軍・藤原頼経の上洛には、兄・実光とともに随兵を務めた。1269年頃に鎌倉で辻説法を聞き感銘を受け、日蓮に帰依。その後日蓮は流罪となったが、1274年に流罪を解かれた日蓮を実長は波木井郷へ招き、見延山に庵を作り遁世させた。1281年、実長は出家し法寂院日円と号した。翌年、日蓮は病身を癒すため、実長の次男・実氏の領地にある加倉井の湯に向かった。しかし、途中の武蔵国荏原郡にある池上兄弟の館にたどり着いた所で病状が悪化し、実長への感謝と自身の墓を見延へ設けるという託を知らせる手紙を送っている。同年、日蓮が61歳で死去すると、実長は日蓮の遺言通りに遺骨を見延山の沢へ埋葬し護った。 岩手県遠野市東舘町の南部神社では、実長を含む遠野南部家初代から8代までを主祭神として祀っている。1876年、明治天皇が遠野南部家の事績をお聞きになり、書物などの保存料を賜ったことがきっかけとなって地元の有志が鍋倉神社を創立したのが始まりである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
波木井実長はきりさねなが
その他
