南部直房 神社の神様 - 神社ファン

南部直房

なんぶなおふさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
南部直房

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祭神ランキング1527位

  • 藩主(八戸藩)

江戸 [1628年~1668年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 南部直房とは?

    南部直房(1628-1668)は、江戸時代前期の大名。陸奥八戸藩初代藩主。盛岡藩初代藩主・南部利直の七男。八戸藩が立藩する以前は中里直好、中里数馬と名乗っていた。1664年に、兄で三男の盛岡藩2代藩主・南部重直が子のないまま死去し、五男の七戸重信と七男の直房との間で家督争いが勃発した。父・利直の庶長子である家直は1613年に死去しており、次男・政直も1624年に花巻城で毒殺されている。さらに四男は1631年、六男は1662年に死没していた。重直が生前に幕府に相談をしていたことで話し合いが行われ、盛岡藩10万石のうち8万石を重信へ、残りの2万石を直房へ相続し、直房はその2万石で八戸藩を興すこととなった。立藩とともに南部直房と改名し、1665年に八戸藩の初代藩主に就任した直房は、八戸城の改修と城下町の整備を行い、防衛の要所である長者山に素佐嗚尊と虚空蔵菩薩を勧請し新羅神社を創建した。1668年、41歳で病死したと言われているが、重信からの暗殺が当時既に疑われ、幕府からも調査が入った。家督は長男の直政が継いだが、直政の死因もまた盛岡藩からの暗殺が疑われている。 青森県八戸市内丸、八戸城の本丸跡にある三八城神社では、南部氏の祖・南部光行らとともに直房が主祭神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    中里直好

    なかさとなおよし

    その他