鍋島直朝 神社の神様 - 神社ファン

鍋島直朝

なべしまなおとも

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
鍋島直朝

祐徳博物館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(鹿島藩)

江戸 [1622年~1709年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 鍋島直朝とは?

    鍋島直朝(1622-1709)は、江戸時代前期から中期にかけての大名。肥前国鹿島藩3代藩主。佐賀藩初代藩主の鍋島勝茂と高源院の九男。1636年、勝茂は直朝を鹿島藩第2代藩主・鍋島正茂のもとへ養子に出した。正茂は31歳になっても子に恵まれていなかったが、正茂は今後も子が産まれなければ弟の鍋島茂久を跡継ぎにしようと考えていた。しかしそこに勝茂が圧力をかけ、強引に直朝を養子に迎えさせた。皮肉にもその翌年、正茂の長男・正恭が誕生するが、1642年、勝茂はこの一連の養子問題が原因で対立した正茂を藩主の座から追放し、直朝を藩主として家督を継がせた。このような流れで藩主になったが、直朝自身は現在も鹿島市内に残る多くの堤や水路、干拓築成に尽力し、この地の発展の基礎を築いた名君であったという。また、書画や歌道の才が秀でており、柳生流の認可を受けた達人であったといわれている。よく絵を描いていた証拠として、1662年に描いた大和絵風の自画像が残されている。 佐賀県鹿島市山浦にある思瓊神社は直朝が晩年に隠居所として設けた花頂山館の敷地に創建されており、直朝を主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    思瓊神社
    (佐賀県鹿島市大字三河内己191番)