鍋島直正 神社の神様 - 神社ファン

鍋島直正

なべしまなおまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
鍋島直正

鍋島報效会所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • 家老(佐賀藩)

江戸 [1815年~1871年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 鍋島直正とは?

    鍋島直正(1815-1871)は、江戸時代末期の大名。肥前国佐賀藩10代藩主。9代藩主・鍋島斉直の十七男。号は閑叟。「佐賀の七賢人」として知られる。父の隠居の為、1830年に家督を相続し藩主となった。当時の佐賀藩は長崎警備の負担や台風での甚大な被害のために財政が破綻しており、直正は藩政改革に意欲を見せたが、保守勢力の顔色も窺わねばならず、倹約令発令までが精一杯だった。しかし1835年に藩の中枢・佐賀城二の丸の全焼を怪我の功名として大幅な歳出削減に乗り出し、磁器や石炭などの産業の育成や交易、藩校拡充、農村復興にも尽力し、藩の財政が立て直すことが出来た。長崎警備にも独自に西洋の軍事技術や科学技術の導入を推進し、アームストロング砲など最新の兵器や鉄砲の製造にも成功し、大きな成果を挙げた。蘭学にも通じており「蘭癖大名」と呼ばれるほどだった。天然痘の根絶にも尽力し、関東以北の各地に牛痘法を広めた。また藩政手腕を商人たちに「そろばん大名」とも賞されていた。幕末期の数少ない名君と評される。 佐賀県佐賀市松原にある佐嘉神社には、直正とその子・直大が主祭神として祀られている。境内には巨大な鋳造鉄製150ポンドカノン砲がある。これは、品川砲台に備えられていたものの一つを復元したものである。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    鍋島斉正

    なべしまなりまさ

    その他