鍋島直澄
なべしまなおずみ
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング1527位
- 藩主(蓮池)
江戸 [1616年~1669年]
鍋島直澄とは?
鍋島直澄(1616-1669)は、江戸時代前期の大名。肥前国佐賀藩主・鍋島勝茂の五男で、初代蓮池藩主。肥前吉田焼や、志田焼の礎を築いた名君として知られている。1635年に兄・鍋島忠直が死去した時、その未亡人・ムリ姫を娶った。1637年に起こった島原の乱では父に代わり出陣し、功を立てる。家督を相続することはなかったが、1642年、肥前国蓮池藩5万2000石と41人の家臣を与えられ初代蓮池藩主となった。領地の塩田久間村西山に陶器製造業を創設し、「お山さん」の愛称で人々から慕われていたという。その後1665年に次男・直之に家督を譲り、塩田吉浦に館を設け隠居した。1669年、病を得て塩田吉浦館で死去。 佐賀県嬉野市塩田町にある吉浦神社は、直澄を主祭神として祀っている。この地は元々は直澄の廟であったものを神社にしており、楼門、本殿、狛犬、大黒丸橋など数々の遺構が残されており見所が多い。また、嬉野市歴史民俗資料館には、直澄に関する様々な資料が現存しており、直澄が人々に慕われていたことが伺える。
ご神徳
産業守護
祀られている主な神社
吉浦神社
(佐賀県嬉野市塩田町大字五町田甲4006)

