鍋島忠茂
なべしまただしげ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(鹿島藩)
安土桃山~江戸 [1584年~1624年]
鍋島忠茂とは?
鍋島忠茂(1584-1624)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名。肥前国鹿島藩の初代藩主。父は鍋島直茂、兄は佐賀藩の初代藩主・鍋島勝茂。早くから父や兄とともに豊臣秀吉に仕えた。文禄の役と慶長の役にも参加し、朝鮮に渡り戦闘をしている。1600年の関ヶ原の戦いでは兄・勝茂は西軍に参加していたため戦後に徳川家康に処罰されかけたが、西軍の立花宗茂を攻めることで何とか一族を存続させた。その後、一族の安泰の為に忠茂は家康への人質として江戸に入り、家康の三男・秀忠に仕え、和泉守への叙任や下総矢作の5000石を与えられるなど破格の厚遇を受け、寵愛された。1608年に中風を患って帰国を許されると、蓮池で養生しながらも父と兄からは幕府とのパイプ役として重宝された。また、家の安泰を守ったとの理由から兄・勝茂から鹿島2万石を分け与えられ、鹿島藩を立藩したが、病気のため藩政を取ることはほとんどなかったといわれる。1614年に病身を押して大坂冬の陣に参加して秀忠に激賞されたが、そのまま病状は回復せずに1624年、死去した。41歳であった。 佐賀県鹿島市高津原にある松蔭神社は、鹿島城跡・旭ヶ岡公園に隣接して鎮座しており、忠茂を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
