内藤信成 神社の神様 - 神社ファン

内藤信成

ないとうのぶなり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
内藤信成

AUUUA(CC 表示-継承 4.0)

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国~江戸 [1545年~1612年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 内藤信成とは?

    内藤信成(1545-1612)は安土桃山時代の武将。父親は嶋田久右衛門景信、母親は内藤義清の娘であり、内藤清長の養子となったとされている。しかし、松平広忠が内藤清長の娘に産ませた子供であり徳川家康の異母弟にあたるという説もある。いずれにしても養父清長と共に岡崎において後の家康となる松平元信に拝謁した際に信の一文字を賜った信成は家康に仕えることになった。以降、三河国広瀬城攻めを始めとして数々の戦において家康の家臣として武功を挙げる。三河国中島に600石の所領地を賜ると家督は清長の実子である家長に譲り、自らは新たに家を興した。長篠の戦いでは先陣を務め織田信長にも認められ、以降は武田攻めに従軍。その後も高天神城攻め、小牧長久手の戦いでは清州城本丸を防備するなど功績を挙げ6000石に加増、甲斐国常光寺城を賜る。その後も着実に出世し最後は40000石長浜城主となり没した。 信成は新潟県村上市にある藤基神社に祭神として祀られている。藤基神社は村上藩主となった内藤家5代当主弌信が家内に続けて起こる凶事を家祖信成の御神徳により打ち払おうとして江戸屋敷内に創建した祠を越後国村上に遷座した神社である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。