徳川慶勝 神社の神様 - 神社ファン

徳川慶勝

とくがわよしかつ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
徳川慶勝

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • 藩主(尾張藩)

江戸~明治 [1824年~1883年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 徳川慶勝とは?

    徳川慶勝(1824-1883)は江戸時代末期~明治時代初期の人物。松平義建の子で、徳川義宜らの親。美濃国(現在の岐阜県)江戸四谷の高須藩邸で生を受ける。当時、尾張藩主には第10代~第13代まで、4代続いて将軍家周辺からの養子が選ばれ続けていた。中には在任中に一度も尾張に入国せず江戸暮らしを続ける藩主までおり、藩士の士気は落ちる一方であったという。その風潮を打破すべく、藩内市民に望まれて尾張徳川家を継いだのが、尾張藩の支藩・高須藩主の次男である慶勝だった。藩主就任後は倹約政策を主とした藩政改革を行い、外国船の来航が相次ぐ情勢下にあっては対外強硬論を繰り返し主張した。当然、日米修好通商条約の調印には反対の姿勢を取り、井伊直弼に直談判したことで「安政の大獄」に伴う隠居謹慎処分を受けている。のち赦されて第14代将軍・徳川家茂の補佐を命じられ、明治維新後は名古屋藩知事として活躍した。慶勝を始め、幕末期に活躍した松平義建の子4人は「高須四兄弟」と称される。 愛知県名古屋市の尾陽神社は、慶勝を祭神として祀っている。慶勝の働きが新時代の幕開けに繋がったという解釈から、平和祈願にご利益があるという。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。