徳川義直
とくがわよしなお
- 歴史的人物
- 男神・男性

徳川美術館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 藩主(甲府藩
- 清洲藩
- 尾張藩)
江戸 [1601年~1650年]
徳川義直とは?
徳川義直(1601-1650)は江戸時代前期の人物。徳川家康の子で、徳川光友らの親。妻は春姫ほか。父親が江戸幕府初代征夷大将軍という、この上ない家格のもとに誕生した義直だが、九男であったため家督を継ぐには至らなかった。とは言え家康の実子ともなれば待遇は破格で、義直は僅か2歳で甲斐国(現在の山梨県)25万石を拝領し、6歳には尾張国(現在の愛知県)清洲藩主の座を与えられている。幼少につき実際に尾張入りしたのは家康の死後だったが、以降は正式に名古屋城の主として君臨した。成人後は藩政を自ら行い、新田開発などを積極的に行なったという。尚、義直は清洲越しによって尾張藩(名古屋藩)を立藩したため、義直より始まる系統を「尾張徳川家」と呼ぶ。尾張徳川家は徳川御三家の一角であり、義直はその祖として扱われる。義直は非常に勤勉で、儒学や神道を奨励した人物としても有名。特に儒教への傾倒は凄まじく、名古屋城内に孔子堂を営んだり、名古屋東照宮の建立を決めたのも義直である。 愛知県名古屋市の「尾陽神社」では、義直を主祭神として祀っている。妻・春姫の嫁入りが名古屋の豪華な婚礼文化の礎とされていることから、良縁にご利益があるとされる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
