松平利長 神社の神様 - 神社ファン

松平利長

まつだいらとしなが

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [~1560年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 松平利長とは?

    松平利長(?-1560)は戦国時代の人物。松平長親の子で、松平信一の親。松平広忠の大叔父にあたる。利長は戦国時代に活躍した武将で、三河国(現在の愛知県)碧海郡《へきかいぐん》藤井を領していた。藤井城を築城して自らの居城とし、松平家の庶流を一つ増やしたため、利長は「藤井松平家」の祖とされる。武将としての活躍では、1540年の安城合戦において、織田信秀率いる軍を撃退した事績などが有名。このとき信秀の軍は三河国安祥城を攻撃しており、これを知った利長は直ちに混成軍を率いて城に急行、自軍の三倍もの兵力を相手に見事な立ち回りを見せたと伝わる。この通り非常に優秀な武将であった利長だが、1560年の桶狭間の戦いに参戦した際、丸根城攻めの最中に戦死を遂げてしまう。当時すでに嫡男の信一は三河・尾張両国に名を轟かせる猛将に成長していたため、利長の死後は順当に信一が藤井松平家の家督を継ぐこととなった。ただし利長の生存を匂わせる1560年以降の書状が発見されているため、丸根城攻めにおける戦死は誤りとする説も。 明治10年には利長・信一親子を祀る「月岡神社」が創建され、利長は息子と共に主祭神となっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    徳川勘解由左衛門尉利長

    とくがわかげゆさえもんのじょうとしなが

    その他