藤堂高吉 神社の神様 - 神社ファン

藤堂高吉

とうどうたかよし

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

安土桃山~江戸 [1579年~1670年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 藤堂高吉とは?

    藤堂高吉(1579-1670)は安土桃山~江戸時代の武士。丹羽長秀の子で藤堂長正らの親。近江国(滋賀県)佐和山城において、長秀の3男として生まれる。羽柴秀長の養子となるが、継嗣には秀長の甥・羽柴秀保がなったため、秀長の家臣であった藤堂高虎の養子となる。豊臣秀吉による朝鮮出兵の文禄の役、慶長の役に養父・高虎に従い出陣。多くの功績をあげている。高虎に実子が生まれると、継嗣の立場ではなくなり家臣となる。藤堂家が伊賀・伊勢国(三重県)に転封の際には、越智郡2万石の領主として伊予国(愛媛県)に留まった。高虎の死去に伴い、家督を継いだ実子・藤堂高次の家臣となり、高次の命により伊賀国名張へと国替えする。高吉は、300余名の家臣や商人たちと名張に移り住み城下町建設を始める。水害に悩まされた名張の治水に取り組み、町の整備、発展に努めた高吉は領民に慕われ、92歳の長寿を名張で終えた。 高吉は寿栄神社(三重県名張市)で祭神としてまつられている。寿栄神社は、高吉の法号である徳蓮院殿徳翁寿栄大居士を社名としており、高吉の死後に家臣らが邸内に建立した。境内の入り口には邸の太鼓門を移設した他、名張藤堂家の具足などが寄進されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。