藤原旅子
ふじわらのたびこ
- 歴史的人物
- 女神・女性

祭神ランキング1527位
- 天皇の妻
平安 [759年~788年]
藤原旅子とは?
藤原旅子(759-788)は、平安時代の貴族で、桓武天皇の夫人。淳和天皇の母。父は桓武天皇擁立の立役者である藤原百川。桓武天皇の皇后・藤原乙牟漏は旅子の母方の叔母、父方の従妹にあたり、ほぼ同時期に子を産んでいる。785年に桓武天皇の後宮に入り、翌786年に夫人に叙される。その年のうちに後に淳和天皇となる大伴親王を産んだが、旅子はわずか2年後、30歳で病のため死去した。桓武天皇は、妻の乙牟漏と旅子を次々と若くして失い、母の高野新笠も病で亡くなり、疫病の流行や洪水などの災害も相次いで起こったので、藤原種継暗殺の疑いで流罪となった末に憤死(または餓死)した弟・早良親王の祟りを恐れたという。旅子の死後、淳和天皇が即位すると皇太后を追贈され、宇波多山陵と呼ばれる陵墓、南を正面とする円墳に葬られた。 滋賀県大津市伊香立途中町にある還来神社は、旅子を主祭神として祀っている。由緒によると、旅子は遺言で、自分の遺体を近江国比良の南麓にあるナギの大木の下に葬ってほしいと言い残した。その遺言通り生家の跡のナギの木の下に葬り社を建てたのが始まりとされている。
ご神徳
旅行安全 家内安全
祀られている主な神社
還来神社
(滋賀県大津市伊香立途中町518)
