藤原明子
ふじわらのあきらけいこ(めいし)
- 歴史的人物
- 女神・女性

祭神ランキング1527位
- 皇族
平安 [829年~900年]
藤原明子とは?
藤原明子(829-900)は、文徳天皇の女御、のち皇太夫人、皇太后で、清和天皇の母。父は太政大臣・藤原良房、母は嵯峨天皇皇女・源潔姫。「めいし」とも呼ばれたほか、染殿が里邸だったため、染殿后と呼ばれた。父・良房が「年経れば 齢は老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし」と明子を花として詠んだものが古今集に残されており、美貌の持ち主だったと伝えられている。850年に清和天皇を産み、858年に清和天皇が即位、864年の元服まで天皇と同居して後見した。865年頃から物の怪に悩まされていたらしく、その様子が「今昔物語集」や「平家物語」などに記されている。「今昔物語」では、「天狗に狂った染殿の后の話」として『絶世の美女であった染殿の后には日頃物の怪に煩わされる御病があり、様々な加持祈祷が行われ一向に効き目がなかったが、金剛山の聖人に祈祷をしてもらうとたちまち一両日のうちに快癒した』とある。また、記されている言動から、現代でいう双極性障害などではないかとする説もある。 宮城県宮城郡利府町にある染殿神社は、明子を主祭神として祀っている。由緒として伝えられている話によれば、明子がこの辺りで清和天皇の妹を出産し、里の人々の温かさに感謝した明子は、人々に裁縫や染め物の技を伝授したという。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
染殿后そめどののきさき
その他
祀られている主な神社
染殿神社
(宮城県利府町赤沼字宮下21 )
