藤原房前
ふじわらのふささき
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 公卿
飛鳥~奈良 [681年~737年]
藤原房前とは?
藤原房前(681-737)は、飛鳥時代から奈良時代前期にかけての貴族。父は藤原不比等。藤原四兄弟のうちの次男で、藤原北家の祖。兄弟の中でも政治力においてはずば抜けていたといわれている。若いうちから頭角を現し、蝦夷征討などの特殊な巡察任務などを任されており、兄・武智麻呂と競い合うかのように昇進していった。720年に父・不比等が死去。同年、病に伏せていた元明上皇が房前を呼び、皇太子・首皇子の後見役を託した。これは、藤原氏の独自政権を目指している武智麻呂より、不比等が元明上皇や元正天皇とともに描いた体制構想を受け継いでいる房前を、天皇側に引き込みたかったためである。しかし、729年、長屋王の変が発生。皇親勢力の左大臣・長屋王が自害させられ藤原四子政権が出来上がった。内臣として皇親側だった房前は変に参画していなかったとする説が有力であり、変の後の昇進もなく弟たちと同じ正三位・参議にとどまった。737年、兄弟たちに先んじて天然痘にかかり、死去。享年57。 滋賀県長浜市高月町雨森にある天川命神社は、長浜の開拓神とともに房前を含む藤原氏の50余柱を祭神として祀っている。樹齢300年以上の銀杏が有名である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
天川命神社
(滋賀県長浜市高月町雨森1185)
