藤原不比等
ふじわらのふひと
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング776位
- 公卿
飛鳥~奈良 [659年~720年]
藤原不比等とは?
藤原不比等(659-720)は奈良時代の公卿であり官吏。藤原鎌足の次男であり、母は車持与志古娘。父鎌足はもともと中臣の姓を名乗り、元来は祭祀を司る伴造氏族であった。第38代天智天皇の厚い信任を得た鎌足は藤原姓を賜わり、藤原姓は次男の不比等に継承された。したがって不比等は藤原氏の祖と言える。父鎌足の死去3年後に壬申の乱が勃発しているが、この時不比等は幼少であったために争いには関与せず難を逃れている。その後、第40代天武天皇の庇護を受け、従五位下直広肆の高位に任じられている。天武天皇の第2皇子である草壁皇子は逝去の際に嫡男である軽皇子の行く末を不比等に託し愛用の佩刀を賜ったと言われている。その後不比等は軽皇子を第42代文武天皇として即位させる事に成功し、娘の宮子を入内させている。また、この頃日本最初の本格的な律令とされる「大宝律令」の制定に副総裁として完成に大きく貢献している。不比等は晩年右大臣に昇進し、新たな律令である「養老律令」の編纂も手掛けているが完成を見ずに死去した。不比等には太政大臣正一位が追贈されている。 不比等は大阪府茨木市にある大織冠神社に祭神として祀られている。大織冠神社は藤原鎌足公の墓所が移築された地に建立された神社であり、不比等は鎌足の相祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
藤原文忠ふじわらのぶんちゅう
その他
淡海たんかい
その他
